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キャリアを見出すとは、私という小説を読み込むことである。

先日「ZERO SCHOOL」のデザイン思考担当講師として、受講生にオンライン講義をさせていただいた。
深い学びを求める受講生の皆様の姿勢に感動した素晴らしい時間だった。機会をいただけたことに感謝。

 

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その際に、「デザイン思考から考えるキャリア」についてもお話しさせていただき、講義資料をつくりながら様々な事柄に思考を巡らせた際に、「キャリアを見出すとは、私という小説を読み込むことだ」と感じた。

 
なぜ小説かというと、キャリアとは必ず私という偏見を通した物語の中にしか存在しない。
私を私が見るという行為は、現在の私の視点でしか見れない状態にあると言える。それはある種の現在の私の偏見という一方向からの眼鏡を通してみることしかできないということである。

 

自分というアイデンティティを廻る作業は、自分以前の過去にも遡る必然が出てくるため、時間がかかるのは当たり前である。
そんなことを考えている現在も、新しい小説は紡がれている。

 

キャリアを見出す読み方は「速読」であってはならない。
「遅読」つまり「スローリーディング」で、1頁1頁、1行1行文脈をしっかり読み取ることこそ必要な作業である。

 

よくよく考えてみると、天才と呼ばれた哲学者たちが数十年に渡って研究した結果の集積のような書物を、私のような凡人に速読できるはずもないのだ。

 

私という小説も同様である。
数十年と紡いできたその人生を、たった何回かのワークショップで読み取れるほど、あなたの小説は薄ペラくはないのである。

 

だからスローリーディングの態度で臨むことが、奥底まで読み解くために必要なのである。
自分の人生をゆっくりと読み込む。コスパ、タイパで読んではいけないのである。

 

余談だが、「速読」には様々な意見があるが、ある研究によると練習でできるようになるのはほぼ無理で、できる人間は生まれ持った才能によるものだそうだ。
ちなみち、現代の天才「落合陽一」氏は速読ができるそうである。彼なら頷ける。

 

他の視点からも考察しよう。
天才数学者の岡潔が、「わかるということは、わからないなと思うこと」と「人間の建設」の中で述べていた。
これは、本当に何かを理解しようとする過程では、常に自分の理解が不完全であることを認識することが重要であるという考えを表している。

 

つまり、真の学問の追求は、既知の範囲に留まることなく、常に自分の無知を認識し、さらなる知識や理解を求める姿勢が求められるということである。まさにソクラテスの「無知の知」である。
このプロセスにおいて、「わからない」と感じること自体が、さらに深く探求し、学び続ける動機付けとなる。

 

自己理解というプロセスは、キャリア形成においても非常に重要である。
自分自身の強み、弱み、価値観、情熱が何であるかを理解することは、適切な職業選択やキャリアパスの決定において基礎となる。

 

岡潔の言葉をキャリアに応用するという観点から考えると、「わからないな」と思うことが、自分自身の未知の部分に挑戦し、新たな可能性を探るきっかけとなり得る。
自分の知らない分野に足を踏み入れたり、新しいスキルを学んだりすることで、自己の限界を広げ、より充実したキャリアを築くことができるのである。

 

また、この探求は一過性のものではなく、キャリア全体を通じて継続するべきプロセスである。市場や技術の変化に応じて自分自身をアップデートし続けることが、長期的な成功につながる。
自分について「わからない」と感じることを恐れずに、それを深く理解しようとすることが、成長と発展への鍵となるのだ。

 

私という小説をスローリーディングすることで自己理解を深め、過去現在未来というキャリアパスを導くことができる。
そして「わからない」ことは怖がることではなく、私の中に新たな偏見を生み出すチャンスなのである。

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